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レーザー入門2024.02.19

vol.1 チタンサファイアオシレータ入門

チタンサファイアオシレータとは?

チタンサファイアオシレータは、主に再生増幅器で用いるシード光の生成に使用されるレーザーです。私の研究室にあるものだと、繰り返し周波数が76MHzで1.4W程度の出力ですから、ボクシングに例えれば「手数は多いが1発1発のパワーはない」という感じです。フェムト秒パルスを生成するための鍵となる技術としてモードロックと呼ばれる技術があります。まずモードロックについて紹介して、実際にレーザーの中身についても紹介します。 フェムト秒レーザーの特徴として、スペクトル幅が広いということがあることは「フェムト秒レーザーの基本」で紹介しました。これはつまり様々な周波数のキャビティモードが同時に発振している、ということを意味しています。もし、それらのたくさんのモードが完全にバラバラに発振していたとすると、その電場はぐちゃぐちゃに混ざり合った形になり、とてもパルスレーザーとは言えません。左に示したのは「微妙に周波数が異なる5つのサイン関数」がt=0で位相を揃える形で振動している様子です。一方、右の例ではそれぞれの初期位相がバラバラな分布をしています。
異なる周波数要素の
位相が揃った状態
異なる周波数要素の位相が
揃っていない状態


この二つのケースで、それぞれの5つの成分の足し算をした結果が次の図のようになります。黒い方は位相が揃っていた場合で、明らかにパルスレーザーっぽい形状が現れていることがわかります。 これと比較して、赤い方は位相がバラバラの場合ですが、パルスレーザーとは言えません。この例は非常に単純なモデルなのでパルスの電場の間に小さなピークが残っていますが、実際には数千 ~数万ものモードが位相を揃える形で足し合わさる事によって、フェムト秒のパルス列が発生しています。実際のオシレータの光学系でどうやってモードロックを達成しているのか、についてはここでは詳細は省きますが、実際に我々が使用しているレーザーではパッシブモードロックという手法で、光カー効果を利用した方法を使っています。


(上)モードロック状態の電場
(下)ロックされていない電場


オシレータ光学系


オシレータのキャビティは活性媒質であるチタンサファイア結晶と波長を選択するためのバンドパスフィルタ、分散補償のためのプリズム対などから構成されています。簡略化した光学系のモデルを下に示します。たくさんミラーが入っているのは、小さな筐体中に光学系を折りたたむために入っているので、極言すれば両端のミラー以外のミラーは不要となります。 再生増幅器と比べると、部品数が少なくアライメントも簡単、危ない部品(高電圧など)もないなので、 レーザーの調整の練習にはオシレータがオススメです。まずは連続波レーザーとして発信するよう にキャビティを調整し、最後に光カー効果を利用したパッシブモードロックによってパルス発振状 態を達成します。繰り返し周波数などはキャビティ長で決定されます。うちのレーザでは 76MHz の 繰り返しでおよそ 1.4W 程度の出力です。時間幅は 120fs 程度。

オシレータの光学系概略図

OPO( オプティカルパラメトリックオシレータ ) とは?


オシレータの宿命として、1パルスあたりのエネルギーが小さいということがあります。チタンサファイアオシレータの出力波長は大体 700~900nm あたりをカバーしますが、我々が実験で必要とする波長は必ずしもこの範囲に収まりません。そんな場合には非線形結晶を使用した波長変換が必要となります。この時、オシレータのエネルギーの小ささは大きな弱点となるため、波長変換が必要とされる実験では通常再生増幅器が使われます。ただ、サンプルによってはパルスあたりのエネ ルギーが小さくてもよかったり、オシレータの持つ高い繰り返し周波数がむしろ利点となるケース もあるため、オシレータの出力光を直接波長変換する装置が必要になる場合があります。そんな時に活躍するのが OPO です。「オプティカルパラメトリックオシレータ」が正式名称ですが、まずは オプティカルパラメトリック過程について説明します。

オプティカルパラメトリック過程は非線形光学現象の一つで、簡単に言うと「1個の光子からエネ ルギー・運動量を保存しつつ、2 個の光子を生成する過程」であると言えます。入射する光の周波数を$\omega_{0}$, 出力光(シグナル光、アイドラー光と言います)の周波数を$\omega_{S}$, $\omega_{I}$とすると、

$$\omega_{0}=\omega_{S}+\omega_{I}$$

が成り立ちます。このような過程を効率よく起こせる結晶を非線形光学結晶といい、波長や起こしたいプロセスによって様々な種類や結晶のカット角度、厚さなどを最適化することにより、高い変換効率で光の波長変換を行うことが可能となります。また、この過程の良いところは結晶の角度や 温度を変化させることによって、連続的に$\omega_{S}$と$\omega_{I}$ を変化させることが可能になります。これによって、基本的に決まった中心波長でしか発振しないフェムト秒レーザーを光源としつつ、連続的に波長を選択できる光源を得ることができます。さらに、二倍波発生、三倍波発生、和周波、差周波発生などのプロセスを連続して起こしてやることも可能です。うちの OPO では、パラメトリック過程の後にシグナル光の二倍波を取ることによって、可視領域のオシレータ由来の光源を作ることが可能です。

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