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学生の投稿2024.04.03

遷移金属ダイカルコゲナイド

遷移金属ダイカルコゲナイド

遷移金属ダイカルコゲナイド(Transition Metal Dichalcogenides, TMDC)は、一層の遷移金属層をカルコゲン原子層がサンドイッチしたような構造をとる。その物性は様々で、組成や結晶構造によって金属、半金属、半導体、絶縁体などがある。特徴的な点として、層数によって物性が変化する層数依存性がある。私が注目しているMoSe2では単層になると、電子遷移が間接遷移から直接遷移に変化する。MoSe2の単層構造とバンドギャップの遷移を図1(a)(b)に示す。

図1. (a)MoSe2の単層構造 (b)バンドギャップの遷移

 

現在、二次元半導体はグラフェンが主流である。しかし、グラフェンはバンドギャップを持たないため、そのままではスイッチングデバイスに応用できない。それに対し、TMDCは種類によって有限のバンドギャップを持っているため、そのままデバイスに使用できる。

 

相転移

TMDCには、ある条件下で相転移を起こす種類がある。MoTe2では、250Kの低温環境において、光を照射することでTd相から1T’相への光誘起相転移が起こると報告されている。電気的特性などは結晶構造にも依存するため、相転移によって電気的特性などを変化させることができる。



空間反転対称性の破れとバレートロニクス

TMDCは結晶構造も様々あり、組成によって安定となる構造が異なる。結晶構造を図2に示す。私が注目しているMoSe2は、2Hが最も安定な構造である。2H相は面内方向で180°回転させると元の結晶構造には戻らないため、”空間反転対称性が破れた系”であると言える。この様子を図3に示す。

図2. TMDCの種々の結晶構造

 


図3. 空間反転対称性が破れた系


TMDCを構成する遷移金属は強いスピン軌道相互作用を持っている。空間反転対称性が破れたTMDCでは、このスピン軌道相互作用によってそれまで一つに縮退していた伝導帯と価電子帯が分裂する。価電子帯と伝導帯は谷(Valley)型をしているためバレーと呼ばれる。MoSe2のK空間でのバレーの様子を図4に示す。

図4. MoSe2の K空間でのバレー

 

図4の赤と青のバレーにはそれぞれ異なるスピンをもった電子が入るため、バレーごとに異なる運動量を持つ。この関係はバレー自由度と呼ばれ、このバレー自由度で0と1を表現する情報処理技術を”バレートロニクス”と呼ぶ。

光を用いる場合、それぞれのバレーには円偏光を当てることでアクセスできる。2つのバレー内の電子はカイラリティを持つため、例えば左円偏光で赤のバレー、右円偏光で青のバレーの電子のみを励起することができる。この状態をバレー分極と呼ぶ。バレー分極の様子を図5に示す。

バレートロニクスは量子コンピュータ分野での応用を目指し、盛んに研究されている。任意の偏光で励起された電子によりバレーの重ね合わせ状態を形成し、緩和時に放出される光の偏光方向を観測することで、量子ビットとしての利用が可能となる。この技術が発展することで、新しいデバイスの提案などが期待される。

図5. バレー分極

図中のσ-は左円偏光、σ+は右円偏光を示す


この記事を書いた人
植木 穂香 (M2)
Honoka Ueki

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