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励起子と励起子ポラリトン
励起子
半導体を励起すると、電子が価電子帯から伝導帯に移動する。価電子帯には電子が抜けた後の欠陥がプラスの電荷を持ち、準粒子として扱うことができる。この準粒子を正孔またはホールと呼ぶ。正孔は伝導帯の電子とクーロン力で結びつき、一定の距離を保ったまま物質内を動き回る。そのため、この電子-正孔のペアは一つの粒子としてみなすことができる。この粒子を励起子と呼ぶ。励起子には2つの種類があり、電子-正孔の半径が10-100Å程度の結晶中に広がるほど大きなものをMott-Wannier(モット-ワニエ)励起子、半径が1-10Å程度の分子内に収まるような小さな励起子をFrenkel(フレンケル)励起子と呼ぶ。それぞれの励起子の様子を図1に示す。Mott-Wannier励起子は主に無機半導体中の励起子を表しており、Frenkel励起子は主に分子性結晶中での電子励起状態を表していると考えることができる。
図1. Mott-Wannier励起子とFrenkel励起子
励起子ポラリトン
励起子ポラリトンとは、光のエネルギー状態と励起子のエネルギー状態が結合した結果生じる準粒子である。2枚のミラーを向かい合わせにしたキャビティ(共振器とも呼ぶ)構造を用いると、光を閉じ込めることができる。ミラーの距離を入射光の波長の整数倍/2の長さにすることで、何度も往復して干渉した光が定在波となる。これは光が量子化された状態であり、光の離散的なエネルギー準位が形成される。定在波ができる過程を図2に示す。
図2. 定在波ができる過程
定在波が発生したキャビティ内に励起子を形成し、励起子の吸収スペクトルと定在波のスペクトルが一致するようにキャビティの幅を調整することで、励起子がエネルギーを放出する前に定在波によってエネルギーが与えられるという現象が発生する。この状況は、光と励起子の間でエネルギーが共有されているとみなせる。この状態を強結合状態と呼び、生成される混成状態は励起子ポラリトンという準粒子として扱う。
この状態では、光のエネルギー準位と励起子のエネルギー準位が結合し、エネルギーが分子軌道のように2つの状態に分裂する。エネルギーが高いものをアッパーポラリトン(Upper Polariton, UP)、低いものをロウワーポラリトン(Lower Polariton, LP)と呼び、両者のエネルギー差をラビ分裂(Rabi splitting)と呼ぶ。この現象により、本来の物質が持つ準位構造を変化させることができる。励起子ポラリトンのエネルギー準位図を図3に示す。
図3. 励起子ポラリトンのエネルギー準位図
励起子ポラリトン状態では、物質と光の状態が混ざったような物性を確認することができる。具体的には、物質由来のスピンの情報をもちあわせた偏光や、光由来の超高速、超軽量な性質をもちあわせた粒子の発生などの物理現象が挙げられる。
また、分子間のエネルギーの授受において、エネルギーを受容する分子をポラリトン状態にし、エネルギーを供与する分子のエネルギーに近い準位を新たに形成することで、分子間の軌道の相互作用が大きくなり、高効率なエネルギー輸送ができるとされている。この現象を用いることで、高効率なエネルギー変換を叶える太陽電池の開発などに応用できるのではないかとの期待が高まっている。
ポラリトン凝縮
励起子ポラリトンが大量に発生した多体系において、個々の励起子ポラリトンが一つの波のような巨視的なふるまいをする、ポラリトン凝縮という現象が見られる。この現象はボーズアインシュタイン凝縮(Bose-Einstein Condensates, BEC)に酷似した性質を持ち、すべての励起子ポラリトンが縮退して同じ準位を持つことができる。
通常のBECは熱平衡な系でのみ観測される現象である。しかし励起子ポラリトンは寿命が非常に短く、熱平衡状態になる前に崩壊してしまう。それにもかかわらずBECのような性質が見られるということは、ポラリトン凝縮は非熱平衡な系で観測される特異な凝縮であると言える。
ポラリトン凝縮が発生したキャビティ構造では、ミラーから漏れ出る光は自然にコヒーレントな光となる。そのため、励起による反転分布を必要とする通常のレーザーと比較して低い励起エネルギーで発振しうるポラリトンレーザーの開発が期待される。