メンバー

植木 穂香(M2)

Honoka Ueki

こちらも随時更新: Naist 茶道会 – 奈良先端科学技術大学院大学 認定課外活動団体 (xrea.com)


以下は現在私がおこなっている研究の内容紹介です。コメント、修正点などあればこちらまで:ueki.honoka.uj6[at]ms.naist.jp

 

研究目的

電化製品の製造に欠かせない半導体は、バンドギャップの幅によって電気的特性が変化する。現在のデバイス開発では、用途に合わせた半導体加工によってバンドギャップの幅を変化させるが、たくさんの加工プロセスが必要となる。この問題を解決しうる物理現象として注目されているのが、励起子ポラリトンである。この現象を用いることで、物質固有のバンドギャップを光のキャビティモードと結合させることで変化させることができる。本研究では励起子ポラリトンのダイナミクスを調査し、デバイスへの応用方法を模索する。


励起子ポラリトン

励起子ポラリトンとは、半導体中の電子とホールがクーロン力で結合した励起子のエネルギー状態と、キャビティ光子のエネルギー状態が結合した状態である。新たに生成されるポラリトンの準位はLP(lower polariton)とUP(upper polariton)という2つの準位に分裂しており、バルクな物質とは異なる新しいエネルギー準位を任意に作り出すことが可能となる。エネルギー準位図を図1に示す。


図 1. 励起子ポラリトンのエネルギー構造図


この状態を古典的に解釈すると、ある瞬間に光のエネルギーは物質の励起子のエネルギーに変換され、次の瞬間にはそのエネルギーを再び吐き出して光のエネルギー状態に戻る、という事象を高速に繰り返しているような状態である。量子的には、これは物質と光の状態が重ね合わさっている状態である。


励起子ポラリトンは、本来励起子が持たないエネルギー準位をカップリングによって生み出すことができる。例えば、電子励起状態の一番底の準位が光学的に不活性な状態の場合、ポラリトンの形成で光学活性なLP準位をより安定にすることができれば、発光特性は劇的に改善することになる。このように、半導体の性質を制御することができるようになるのではないかと期待されている。

 

遷移金属ダイカルコゲナイドを用いたポラリトン観測

通常の半導体では、励起子を室温で観測することができない。本研究では、この問題を解決しうる新たな材料として、遷移金属ダイカルコゲナイド(Transition Metal Dichalcogenide, TMDC)という二次元物質に注目している。


TMDCは1層の遷移金属層を2つのカルコゲン原子層が挟んでおり、それぞれの層がファンデルワールス力によって結合した層状構造をとる。私が注目しているのは半導体の物性を示すMoSe2である。単層内で形成された励起子は他の層からの遮蔽を受けることがないため、非常に強い束縛エネルギーを持つ励起子を形成することができる。


またTMDCの特徴的な点として、層数によって物性が変わるという特徴がある。MoSe2では単層になると電子遷移が間接遷移から直接遷移に変化する。そのため、吸収したエネルギーがそのまま光の放出に使われる。ポラリトン状態を形成するためには、光の吸収・発光効率が高い物質が必要となるため、この点においてもMoSe2は室温での励起子ポラリトン形成に向いていると考えられる。

図 2. TMDCの構造図とバンドギャップ

(a)TMDCの構造図 (b)TMDCのバンドギャップの層数依存[1]

 

[1]Splendiani. A, et al., Nano Lett., 2010, 10,  1271-1275

 

単層の作成

現在は、剥離によって物理的に単層を作製するスコッチテープ法を用いた単層作成を行っている。前述したようにTMDCの層間はファンデルワールス力によって結合しているため、テープを貼って剥がすだけで層を剥離することができる。何度か剥離を行うことで、単層を作製できる。図3に、実際にスコッチテープを用いて剥離したサンプルの様子を示す。

図 3. スコッチテープを用いて剥離したTMDC薄層サンプル


ラマン分光による層数評価

層数の評価には、分子振動を散乱光で見るラマン分光法を用いている。TMDCの層数が少なくなると、層間のファンデルワールス力が小さくなる。それによりそれぞれの分子振動のエネルギーが大きくなる。そのため作製したサンプルの層数を評価することができる。MoSe2では、240 cm-1近傍で見られるA1gモードにおいて、層数が少なくなるほどピークが短波数側にシフトし、355 cm-1近傍で見られるB2gモードにおいて単層のピークの消失が見られる。現在、図4に示すような数マイクロサイズの単層の作製には成功している。このサンプルのラマンスペクトルの結果を図5(a)(b)に示す。5(a)で示すA1gモードでは、バルクから単層に行くにつれてピークが短波数側にシフトしている様子が見て取れる。5(b)のB2gモードでは、バルクと単層でピークが消失している様子が確認できる。今後の展望としては、ポンププローブ分光の実施が容易な10マイクロ以上のサイズの単層の作製に取り組む。

図 4. 100倍の対物レンズを用いて観測したTMDC単層

白丸の部分が単層であり、横幅が5 µmほどである

 

 

図 5. ラマンスペクトル    (赤:バルク 紫:単層)

(a) A1gモードのピークが低波数側へシフトしている

(b) B2gモードにて、バルクと単層のピーク消失が見られる

 

ポンププローブ分光法による励起子ポラリトンの寿命評価

励起子ポラリトンをデバイスとして応用するためには、どのような過程でエネルギーが伝播するのかを解明する必要がある。励起子ポラリトンは励起状態で発生する。物質の励起と緩和はフェムト秒、ピコ秒などの超短時間領域で発生するため、そのスケールの時間分解能を持つ分光を行うと、励起状態で発生した励起子ポラリトンの緩和のダイナミクスを観測できる。


我々はフェムト秒レーザーを用いたポンププローブ分光法により、エネルギーの緩和過程の時間発展を観測している。ポンプ光とプローブ光の2つの光をサンプルに照射し、ポンプ光で励起された物質の変化をプローブ光の反射スペクトルとして測定する。ポンプ光を入射させる時間を遅延させることで、励起と緩和の過程をアニメーションのように追跡することができる。この実験手法を用いて、キャビティ内で形成された励起子ポラリトンのエネルギー緩和過程を観測する。

図 6. ポンププローブ分光の概略図

 

 

FDTD法を用いたシミュレーション

ポンププローブ分光法では物質の励起と緩和の過程を反射スペクトルとして測定するが、その測定結果にはキャビティ内での光の干渉など、物質のダイナミクスとは関係のないシグナルも含まれている。それらの影響を考慮するために、シミュレーションによる光の挙動の再現を行う。


シミュレーションには、時間領域差分(Finite-difference time-domain, FDTD)法を用いる。シミュレーション空間内にグリッドを張り、それぞれのグリッド内の電磁場をマクスウェル方程式によって計算する。FDTD法の概略図を図7に示す。各時間のシミュレーション空間を計算することで、電磁場の時間変化を観測することができる。現在、キャビティを用いたサンプルにパルスを照射するモデルについて、シミュレーションが成功している。今後の展望としては、ポンププローブ分光法を想定したダブルパルスの照射についてのシミュレーションを実施する予定である。

図 7. FDTD法の概略図[2]

図中の灰色の四角で囲われた部分がシミュレーション空間であり、黒線で区切られたグリッドが張り巡らされている。

[2]A. Oskooi, et al., Computer Physics Communications, Vol. 181, pp. 687-702 (2010)


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